愛されるよりも愛することを

――卒業していく6年生に贈ることば――

 ニュージーランドのクライストチャーチの大地震から10日たちました。依然、安否不明の方々が大勢おられる今日この頃です。家族や友人や親しくしていた人を亡くされた方の悲しみはどれほど深いものでしょう。
 今もなお倒壊したがれきの下にたくさんの命が助けられないままの状態です。第二次災害の危険性から、周りの者は何も手助けできないことを、これらの方々に申し訳なく思っています。
 過日、新聞やテレビで、右足を切断して帰国した奥田君の姿が紹介されていました。病院のベッドでではなく、異国の倒壊した建物にはさまれて右足を切断せざるを得なかった彼の悔しさと孤独は、痛さをはるかに超える、想像を絶するものであったと思います。
 瓦礫にはさまれた彼の足を見た救護隊から、“切断してもいいか”と尋ねられた時の彼の心はどんなだったでしょう。瞬時に返事をしなければならない情況下で、その苦悩は絶頂に達していたことでしょう。きっとお母様の顔や、お世話になった先生や友達と過ごした楽しかった思い出等が走馬灯のように頭をよぎったに違いありません。
 助かるためにはそれ以外に方法がなかったとは言うものの、19歳の彼にとってはあまりに酷い大きな試練でした。
 高校時代はサッカーの得意なスポーツ少年だったと言われています。もう二度と同じ右足でボールを蹴ることは出来ないのでしょうに。
 その奥田君が、未だ救出されていない学友のことを心配し、“素直に喜べない”、と言い、自分のことより、仲間の安否を気遣っている光景に心を打たれました。
 自分の苦悩を横に置いて、他者のことを心配する彼の心は何と強く、大きく、そしてやさしいのでしょうか。きっと、彼のピースサインに、日本中のテレビを見ていた人たちが感動したのではないでしょうか。
 どうか、彼がこれからも、仲間を助け出せなかったという自責の念に縛られることなく、彼自身の未来を今まで通り希望をもって生きてほしいと願うのです。
 卒業していく6年生の皆さん、この6年間に何度も「平和を求める祈り」をしてきました。その中の一節、「愛されるよりも愛することを」を、奥田君の生き方を通して、あらためて贈ります。

校長 シスターベアトリス田中