読み聞かせの教育力

 



ノートルダム学院小学校 校長
シスターベアトリス 田中範子

 

ノートルダム読み聞かせ母親軍団
「児童の皆さん、おはようございます。今日のリフレッシュタイムにお母様方による読み聞かせがあります。場所は図書室です。楽しい紙芝居もあります。みなさんどうぞ来てくださぁ~い。」
 アナウンサーのような明るい透き通る声が校内に流れてきます。この放送が終わるや否や、というよりも放送を最後まで聞かずに、多くの子ども達がぞろぞろとある方向に急ぎ足で歩いて行きます。一階東側と西側の廊下からは、まるでアリの大群のように中央階段目指してやって来ます。
 大体図書サークルのお母様方の放送がありますと、私以外にも何人かの先生方がどこからともなく足早に集まり、交通整理をすることになっています。そうでなければ中央階段はパニック状態になるでしょう。万一将棋倒しにでもなれば大ごとです。
 かつては、雨の日の図書サークルのお母様方のご奉仕番組でしたのに、最近では雨が降ろうが降るまいが、月一回はこの集いがあるのです。放送が聞こえ始めて2,3分後には図書室は「満員御礼」のふだが掛けられてもよい位、子ども達でいっぱいになります。大体低学年の子ども達が図書室の真ん中あたりの一番よい席を占め、高学年の子ども達はやや遠慮がちに図書室の入り口付近に立って、背伸びして中の様子をのぞきこんでいる状態です。

「聞く力」から「集中力」へ
 誰も「しっー」とか「静かにしなさい」とか言わないのに、子ども達は息をのんで声の方向に耳を傾け、全神経を集中している様子です。聞こえてくるのはお母様方の声だけです。ある時はお母様が一人ずつ交代で読まれ、ある時は2,3人のお母様が大きくて重そうな手作り絵本を両端でかかえて立ち、別の数人が登場人物になり切って、ジェスチャー入りのセリフで朗読されるのです。それはNHK子ども劇場よりはるかにレベルの高いもののように思えます。お母様方のお話に耳を傾け真剣に聞く姿勢は、そのまま人の話を「聞く力」につながります。体を動かさずに、じっと心を静かにして人の話が聞ける子どもに育つのです。この「聞く力」は「集中力」を養い育てますし、物語のいろいろな場面を想像することを楽しむ力も自然に身に付いてきます。
 また、読み聞かせを通して何度もくり返し耳にする言葉は、子どもの心に残ります。そしてその言葉はやがて知識のもとになって行きます。私たちは言葉を使って考え、言葉を使って人との関わりを成り立たせています。言葉はコミュニケーションのツールです。これが非常に大切なことのように思われます。

親と子のぬくもりの中で
 私は時々耳鼻科の医院に行きますが、診察の順番を待つ間、お母さんが読んで下さる絵本に聞き入っている幼児の姿を見ることがよくあります。
 過日新幹線で乗り合わせた私の前の座席の母子もそうでした。まるで羊水の中で何度も聞いたなつかしい声、暖かい空気の響きを思い出してでもいるかのように、うっとりと満足しきった様子で、母親の声に耳を傾けているのです。頭を半分母親のひざの上に乗せて物語の続きを気にしてでもいるかのように、大きな目を時々まばたかせている光景は、さながら絵になる場面でした。そしてほんとうに幸せな子どもだとも思いました。
 本好きになった多くの子どもは、たとえ、物語の内容を覚えてしまっていても、大体、飽きもせず懲りもせずに、同じ絵本をくり返しくり返し読んでもらっているものです。テープやテレビからではなく、生きた人間の声を通して聞くのです。別にお母さまでなくてもお父さま、おばあちゃま、おじいちゃまなど家族のどなたでもよいのです。家族の中で、幼児期に聞いたお話とそれにまつわるほのぼのとした体験が栄養になって本好きの子どもが育ちます。

読み聞かせの教育力
“ノートルダム読み聞かせ母親軍団”は月に一回の図書室での“公演”にとどまらず、シーズンによっては朝読書の時間帯にクラスを順番に回って子ども達を絵本の世界に惹きこんで下さっています。本校の保護者の方々のこの教育力に私達教師は時々圧倒されそうです。
 授業中悪さをしたり宿題を忘れたりして先生から注意されたことがあったとしても、そんなことはすべて忘れて、絵本の世界にひたっている子どもの姿を見る時、絵本の魅力、読み聞かせの教育力をあらためて感じるこの頃です。

 
2009年度前期「父母の会会報」156号掲載
(2009年9月19日発行)