啐啄(そったく) のタイミング 

 

ノートルダム学院小学校 校長
シスターベアトリス 田中範子

 クリスマスタブローの配役も決まり、いよいよ今日から練習が始まるという日に、6年生の男の子が校長室をノックしました。そばに女の子が2人ついて来ていました。

“校長先生、お願いがあるのですが・・・”   “どうしたの ?”
“ぼく・・マリアさまの役がしたいのです・・” “えっ ?”

 実は前日に6年生の学年集会があり、そこでタブローの配役はすでに決まったのです。マリアさまのなり手は直ぐには決まりませんでしたが、三人の博士や付き人たちなどの役がどんどん決まったあと、勇気ある女の子の申し出により、マリア役がやっとみんなの拍手を得て決まったばかりでした。
 それなのに、次の日になって、マリアの役がしたいなんて・・。しかも男の子が・・、今さら・・、と一瞬戸惑いました。でもその男の子は真剣でした。
   “どうしても僕マリアの役をやりたいの” と言うのです。私は
   “あなた男の子じゃないの、どうしてマリアさまなんかに・・” と言いかけて、はっとし、もしかしたら、ほんとうにマリアさまの何かに惹かれているのかも知れない、と思ったのです。 すると、予想もしなかった言葉が口から出ました。

“ありがとう。何て素晴らしいことでしょう。あなたがマリアの役を演じたいと言ってくれて、マリアさまはどれほどお喜びでしょう。これが昨日の学年集会の時だったら、その場であなたに決まったでしょうね。でもどのクラスからも申し出がなかった時、勇気を出して手を上げてくれた女の子がいたのよ、覚えているでしょ。”

 うんうんとうなずきながら聞いてくれていましたが、遂にがっくりと肩を落としあきらめたかのように見えました。そばに居た二人の女の子はずっと成り行きを見守っているかのようでした。そこで、

“あなたが演じたかったマリアさまを守って、ずっと一緒に宿屋を探して歩かれた心やさしいヨゼフの役をしてくれませんか”

と頼みますと、快く引き受けてくれました。男の子の嬉しそうな顔を見て、そばの2人の女の子たちもとても喜んでいました。3人揃って仲良く教室に向かう後ろ姿をほほえましく見送ったのでした。

 一時はどうなることかと思いましたが、当日、この男の子は身重のマリアを気遣う心あたたかい雰囲気を十二分に感じさせる見事なヨゼフ役を演じ切りました。

 まもなく、中学受験を経て他の6年生の仲間と一緒に卒業し、新しい道に進むのでしょうが、小学校時代に得たさまざまな体験はこれから独自の花を咲かせるための肥やしになって行くのだと思います。雛が卵の中から殻をつついて外に出たい時にタイミングよく親鳥が外から殻をつつくように、私たちも丁度よいタイミングで子どもたちの無限の可能性を引き出したいと願うひとときでした。

 


<全員が一生懸命演じ、すばらしいクリスマスタブローになりました>