子どもに寄り添う日々(1)



ノートルダム学院小学校 校長
シスターベアトリス 田中範子

 
 2年生の、人なつっこい感じの女の子が、“校長先生、わたし、シスターになりたいの。どうしたらシスターになれるの”と聞きに来ました。これで二度目でしたので、少し真面目に返事をすることにしました。“今のお勉強をしっかりして、宿題も忘れないで、お友だちとも仲よくして・・・”と言いかけますと、“ふ~ん。わたしがんばりま~す。それから~、あの~、どうしたら校長先生になれるの?わたし・・・校長先生になりたいの・・・。”思わず吹き出しそうになったのですが、その子は真剣そのもののようでした。“校長先生に?うれしいわ。それでは、たくさんお祈りをして・・・たくさんお勉強もして・・・それから・・・”と言い続ける私をじっと見つめて聞いているのです。“じゃあ、次はもう、あなたに決まりね。でもまだ、内緒よ”と指切りしました。女の子は喜び踊って、友だちのいる方向に行ってしまいました。
 その子は毎日私のところに来てはいろんなお話をしてくれます。とても嬉しそうなので、私も明るい気分になります。私もすれ違う時に、その子にだけ通じるウインクを返しますが、この関係が何時まで続くかわかりません。多分3年生になる頃には、そんな約束のことなどすっかり忘れてしまって、私とすれ違ってもきっと、他の子どもと同じように、礼儀正しくお辞儀をするだけの関係になってしまうでしょう。けれども、“シスターになりたい”とか、“校長先生になりたい”という気持ちになったことは本当だったと思うのです。子どもの頃の夢は、成長するにつれて変わって行ってもよいのです。でも、こんな素直な子どもとの出会いを毎日、体験できる私は幸せです。
 また今日はこんなこともありました。夏休みの自由研究作品がずらりと並べられている1年生の廊下を歩いていた時のことです。一人の男の子が、教室の横の長椅子の上に置いてあった自分の作品の中の何かがなくなったらしく、数人の男の子たちと、椅子の下にもぐって何やら探しているのです。箱の中にはボール紙で作られた2匹の恐竜が今にもこけそうに立っていました。聞いてみますと、“昨日まで三つあった恐竜の卵が朝学校に来たらひとつしかない”、というのです。今にも泣き出しそうな顔でした。
 早速、朝の全校テレビ放送で、“恐竜の卵がなくなったのでみんなで探してほしい”、というお知らせが流れたのです。その日のうちに一個だけ、椅子の下から出てきました。あと一個まだ出て来ていません。早く見つかるとよいのですが。
 恐竜の卵は、発泡スチロールをうずら卵くらいの大きさにくりぬいたもので、それ自身はそんなに価値のあるものではありませんが、1年生のその子にとっては、何ものにも代えることの出来ない宝ものに違いありません。縁を削って苦労して卵の丸みを出すのは1年生にしては大変な作業だったと思うのです。
 
 毎日、小さくても、新しい出来事に出会える私は幸せです。子どもは夢や願いを、そのまま言葉にしながら、自分の内面の声を確かめているのでしょうか。
 
 
2008年度前期「父母の会会報」154号掲載
(2008年9月27日発行)