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学校長メッセージ

学校長メッセージ <2012年度後期>

学校長メッセージ <2012年度後期>

「マイミー」

ノートルダム学院小学校 校長 行田隆一

ノートルダム学院小学校 校長
行田 隆一


「マイミー」と言いながら、うつむいたままで、5・6年生ぐらいの男の子が人の群れから離れてこちらへと向かってきました。
「マイミー」はタイ語で「無い」という意味です。ここは、タイの東北部のとある寒村。人の群れは、古着を奪い合う大人たち。そして、その男の子は、古着をもらえずに「自分の分が無いよ」と悲しんでいたのです。
 私は本校に勤め始めるまでの5年間、タイに在住し、「カンボジア難民救援会(KRRP)」というNGOのバンコク事務所を切り盛りしていました。カンボジアは1970年、シハヌーク国王の外遊中にクーデターが起き、軍部が政権を握りました。そして内乱ののち、1978年12月、東の隣国のベトナムがカンボジアへ全面侵攻したのです。それにより、数十万のカンボジア人が西隣のタイ領へ流出し、難民となりました。KRRPは国連の傘下に入って活動を制限されることを嫌い、独自の救援活動を展開しました。難民キャンプを統括しているタイ国軍から許可をもらい、難民村へ救援物資を運び、次回の必要救援物資を難民村のリーダーから聞くと同時に、それまで贈った物資が正しく使われているかどうかをモニタリングし、日本の寄贈者へ報告をすること、それが私の仕事でした。
 古着も日本から送られてきました。KRRPは京都の主婦の会で、お母さん方が古着を集め、洗濯をしアイロンをかけ、繕いをして丁寧にたたみ、大人と子ども、男性用と女性用というバランスを考えて梱包にしました。そして神戸港からタイへと送られたのです。
 
KRRPはカンボジア難民だけでなく、難民キャンプへつながる軍用道路の近辺にあるタイの寒村への支援も始めました。冒頭に書いたのは、ある寒村で古着の梱包を開けたとたん、村のリーダー達の制止を振り切って村人が群がり、奪い合いとなった場面でした。
 
「日本では、着古した服は捨ててしまうよね。だけど、貧しい国の人たちにはそういう古着は、ほしくて仕方のないぐらい値打ちがあるものなんだよ。日本で言うと新品なんだ」私は帰国してノートルダムに勤めてから、児童に難民についての授業をしたときは、このエピソードをよく紹介したものです。もちろん、難民の子ども達の表情や生活環境も自分が撮った写真を見せて説明しました。
 難民キャンプにはベトナム軍への抵抗勢力が存在していて、他国からの軍事支援を受けたゲリラ兵も住んでいます。そのため、ベトナム軍からの砲撃を受けて、それまで住みなれていた、または住みなれかけていた避難地を捨てて逃げなければならない状況も生まれます。命からがらで違う土地に移動すると、ニッパ椰子の葉で葺いた家から、青いビニルシートと枝でできた、強い陽射しと雨露をしのぐだけの家に戻ってしまうのです。恐怖と劣悪な生活環境に置かれた子ども達の瞳に生気はありません。そういう悲しい写真を本校児童に何枚か見せたあとで、ぱっと輝いている、大きな笑みのある、つまり子ども本来の表情をした写真を見せるのです。その写真は、砲撃も無く、たくさんの救援組織からの援助を得て、人間として最低の生活が保障された難民村の子ども達のものです。
 
私はこの授業を久しぶりに7月上旬、4年生の2クラスでする機会を得ました。どちらのクラスでも全員の目が写真に喰らいついていました。
 「先生の話は、もう25年以上も前のことだけど、難民問題は今でもあるんだよ。そして、この瞬間に苦しんでいる人は世界中にたくさんいるんだ」私はかぶせて言いました。「月にロケットを飛ばせるほどに賢い人類なのに、今でも、今、この瞬間にも世界では赤ちゃんや小さな子どもが命を失っている。毎日、0歳から5歳までの赤ちゃんや子どもが、2万人から3万人も死んでいると言われている。理由は、食べ物がない、飲み水がない、薬がない...」ここまで話せば、4年生は自分がいかに恵まれた生活を送っているかを理解します。
 豊かな日本にも、厳しい環境の中にある人々がいます。東日本大震災の被災者の方々です。本校の支援は、今年1月の被災地見学を皮切りに、春・夏休みの2度の訪問・ボランティア活動と続いてきていますが、この先も児童に情報を伝えつつ、可能であれば児童や家庭を巻き込んでの支援をできるだけ長く続けていきたいです。
 同時に、本校の児童が、世界の「マイミー」の子ども達へ常に思いを馳せるよう導きたいと考えています。国際的な奉仕の精神をこの学校で培われ、大人になったらそれを支援行動へと移せる人材を世に送り出したいです。それが新校長としての私の大きな目標のひとつです。

2012年度前期「父母の会会報」162号掲載
(2012年9月27日発行)

登録日:2012年12月27日/更新日:2013年5月10日

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