シリーズ②で,プロの選手の力強く,素早い動きとしなやかな身のこなしは,視覚を司る脳の後頭葉皮質や感覚を司る脳の側頭葉上部皮質,それ以外にも多くの脳の部位が関わって筋肉に命令を出していることをお伝えしました.その中でも大脳皮質の前方に位置する前頭前野は多くの脳部位と連絡を取り合い,感情や行動を制御し , 意思決定を行いながら順序立って行動を発揮する中心となっています.だが,この部位の発達は他の脳の部位の発達と比べて遅く,児童期では未発達の状態であり,感情や行動を制御し , 意思決定を行うことも未熟です.だから , その能力を大人のように十分に働かすことはできないといわれています.子どもと大人の間に、身のこなしに差があるのはこのためです.しかし,あらゆる年代の中で 10 歳前後は運動の習得速度の最も早い時期だといわれています.それは、体の発達は未熟ですが神経系はほぼ大人なみに発達する時期だからです。
 ところで,運動による神経回路とはどのように形成されるのでしょうか.
 外からの運動に関する刺激や情報を脳の感覚神経が情報として入力します.その情報を脳が処理・判断し,体の各部分へ指令を出します.脳の指令を受け,体の各部分をスムーズに動かし反応させます.この一連の流れを運動神経回路と呼んでいます.もっと詳細に説明すれば,運動の調節にかかわる神経の働きは神経回路によって行われ,これらは神経細胞からできています.神経細胞はニュウロンと呼ばれ,細胞体,核,樹状突起,つたのように伸びた軸索からできています.樹状突起はよそからの電気信号を受け入れ,軸索は電気信号を伝達します.軸索と他の神経細胞の樹状突起が出会って信号を伝達する場所がシナプスです.シナプスは神経伝達物質を用いて信号を伝達します.このニュウロン,シナプスの伝達回路が運動神経回路を指しています.運動が行われることによってシナプスの働きは高まり,身体を動かさない状態が長く続くとその働きは低下します.また,使われないシナプスの伝達機能は悪くなります.運動神経の働きはシナプスによって結合されたさまざまな運動神経回路を活動させることによって起きます.従って,うまく運動するためには,有効な運動神経回路 ( 脳から体までの回路 ) を形成して,シナプスを上手に機能させることが大切であるといえます.
 では,有効な運動神経回路はどんな運動刺激によってつくられるのでしょうか.

「どんな運動が良い神経回路をつくるのか」についてはシリーズ④でお伝えします.

 

指導主事 三笠 正治